ランチェスター論文の探求

はじめに

2013年に初稿を記した「ランチェスター第三法則」にて、私のランチェスター論文に対する研究は区切りを終えた。

2021年6月において、改めてランチェスター論文を精査しようと考えたのは、ランチェスター戦略を体系化され日本に頒布された田岡信夫先生と、日本のドラッガーとも言われる一倉定先生の「ランチェスター法則に関する見解の違い」を発見したことに始まる。

お二人の見解の違いは、以下のようなものである。

田岡先生は「一点集中は、第一法則」と言われたが、
一倉先生は「一点集中は、第二法則」と言われた。

田岡先生は「第一法則は局地戦だが、第二法則は広域戦」と言われたが、
一倉先生は「第一法則・第二法則共に、局地戦」と言われた。

田岡先生は「第一法則は弱者の戦略、第二法則は強者の戦略」と言われたが、
一倉先生は「弱者の戦略と強者の戦略に、基本的な違いはない」と言われた。

ランチェスター戦略において、ランチェスター法則は「原点であり、根幹」に該当する。

その原点・根幹に対する見解の違いは、私から見るととても看過できないものであった。

見解が違うということは「一方が正しく一方が間違っているのか」「両方とも間違っているのか」以外にない。

見解が違うのに、両方正しいということはあり得ない。

「どちらが正しいのか」。これを判別する基準は、ランチェスター論文以外にない。

ランチェスター論文の精査をしたうえで、竹花という個人の見解をして、この正否を明らかにするしかない。

むろん、私自身の考えが間違っているのかもしれないし、正否判定に誤りがあるかもしれない。

そう思われて当然であるので、その場合はメール等で、ぜひ反論をいただきたいものである。私自身、自分が絶対的に正しいなどとは思っていない。

本文は、日本のビジネス界の発展に際して大いに貢献のある、田岡先生、一倉先生のみならず、世のランチェスター戦略の研究者に対する批判・反論になってしまう面が、どうしてもある。

この点に関して言えば、大変申し訳なく思うと同時に、何の功績もない私が本来語るべき資格はないようにも思う。

しかし、残念ながら、私と同じように考え、ランチェスター論文を精査した研究を目にしたことがない。

世に数多くのランチェスター戦略の書籍があるのにも関わらず、原点であるランチェスター論文を精査した書籍を読んだことがない。

ゆえに「自分でする以外にない」との結論に至った。

私は、自己の名誉のために反論したいのでもなく、批判したいのでもない。

これはあくまで、八起会・不倒会の代表として「潰れない経営、不倒の経営」を探究するための「求道」にすぎない。

今回改めて「ランチェスター論文を精査」したゆえに、自分自身大きな発見をいくつもすることができた。

その結果として私は「ランチェスター論文を精査しない限り、正しいランチェスター法則を見出すことはできない」と考えている。

なお、私の精査したランチェスター論文は、ランチェスター経営株式会社の竹田陽一先生の尽力により、訳されたものである。

転載を許可していただけた竹田先生に改めて敬意と感謝を示すと共に、本文を読んでいただき「翻訳に間違いがある」等のご指摘は大いに歓迎する。

※ 文中、青文字で書かれている部分は引用したものである。

 

ランチェスター論文の示す「武器」とは何か?

ランチェスター論文「20 古代と現代の交戦状況の対比と防衛方法」において、第一法則は、次のように記述されている。

「古代は、現代の防御方法と比べて重要な違いがある。古代は武器に対しては武器で戦っていた時、防御行為は積極的かつ直接的であり、相手の剣や斧の一撃は自分の剣や盾で受け流していた。つまり戦いはすべて直接戦であったのだ。」

次に、第二法則に関しては、次のように記述されている。

「一方、近代の条件下ではに対しては銃で立ち向かい、大砲に対しては大砲で防御している。近代武器の防御は、相手の砲弾を自分の大砲で直接的に受けるわけではなく間接的戦いになる。」

火器という飛び道具を使用するようになった現代は、数の上での優勢が即時に戦力として優勢を誇ることができ、人数的に少ない方は、兵士対兵士の比でみるよりも、はるかに激しい攻撃を受けることになる。」

第一法則の武器は「剣や斧」であり、
第二法則の武器は「銃や大砲」「火器という飛び道具」であることがわかる。

しかし、「飛び道具」は古代にも存在している。

「弓」である。これに関して、ランチェスター論文には次の補足記述がある。

「弓矢や石弓は近代戦で使う火器が持つ性能よりは、少ししか集中の特徴を持っていない。」

火器ではない弓矢や石弓は、第二法則ほど集中の効果がない。火器である銃や大砲に比べ「個人ごとの能力差が大きい、射程距離が長くない、連射が効かない」ゆえであるかと思われる。

 

武器に関して、田岡先生と一倉先生は、どのように解説しているのか

一倉先生は、第一法則の武器を「飛び道具でないもの」、第二法則の武器を「飛び道具」と表現されている。

田岡先生は、第一法則の武器を「弓、矢、盾」「ピストル」、第二法則の武器を「確率兵器である機関銃」と表現されている。(著作により、微妙に異なる)

弓もピストルも、性能が劣るにしても「飛び道具」であることは間違いがない。

ゆえに、田岡先生に間違いがあると言わざるを得ない。

 

第一法則は、一騎打ち戦か?

田岡先生も、一倉先生も、第一法則を「一騎打ち戦」と解説されている。

これは、第二法則を「多数対多数の集団戦」と説明しているので、これに対比する意味で使用している面も大きいであろう。

しかし、第一法則を「一騎打ち戦」であるというのは、正しいとは言い難い。

一騎打ち(一騎討ち)とは「戦場において戦士同士が一対一を原則として決着をつける」あるいは「敵味方ともに1騎ずつで勝負を争うこと」ことである。

「一騎打ちで決着をつけよう」といえば、「他の人間は手出しをしない」のが原則である。

このような戦闘も実際にあったが、あくまで例外的に行われたに過ぎない。

第一法則に該当する「古代の戦い」を説明するのに次の文がある。

「1000人と1000人の兵士が出会えば、単一の決戦において1000人の青軍が1000人の赤軍に対抗するのか、全ての青軍が500の赤軍に集中して全滅させ、そのあとで残り半分に勢力を向けるかどうかというのは、余り大した違いはない。」

これは明白に「多数対多数の集団戦」であることを示している。

また、論文の中には「古代の戦いでは、いつも1人の人間が1人の人間にのみ相対していた」との表現もある。

しかし、これを「一騎打ち」であると解釈するのは間違いであり、これはこの文の直後に続く、以下の解説を読めば明白となる。

「もし仮に相手が、戦場のある一部で敵兵の2倍の兵士を集中しても、『戦線』が保たれている限り、現実に武器を振り回している兵士の数は、双方とも大体同じとなるであろう」

「敵兵の2倍」という点で、すでに一騎打ちにならない。

ランチェスター論文は、第一法則・第二法則共に「集団戦」に関して説明しているのである。

 

2社間の競争は、第一法則か?

田岡先生は「2社間の競争」を、第一法則に該当すると説明されている。

2社間の争いとは「一対一」であり、「一騎打ち」に該当するから第一法則であるとの認識を根拠としている。

「第一法則は一騎打ち戦でない」ことは、前述ですでに説明済みだが、もう1つ別の面からも考慮しておきたい。

「一対一」と言ってはいるが、当然ながら「1社対1社」のことである。

ランチェスター論文で説明されている戦闘も同一で「1軍対1軍」の2者間の争いであって、3者以上の争いではない。

「1軍対1軍」すなわち「2者間の争い」でも、剣や斧で戦えば第一法則になるし、飛び道具で戦えば第二法則になる。

この点から考慮しても「2者間の争いは第一法則、3者以上の争いは第二法則」という理論が合致しないことが分かる。

これはビジネスにおいても、同様となろう。

「2社間の競争だから第一法則、3社以上の競争は第二法則」であるという田岡先生の主張は、間違っている。

 

狙い撃ちは、第一法則か?

「狙い撃ち」は第一法則ではない。第二法則の前提条件である。

これはランチェスター論文の「29 違った効果を持つ武器の使用例」から、読み取れる。

「基本的な前提としては、各軍の戦火は徹底的に相手軍を狙い打ちし、集中作戦をとるということである。」

この前に次のような分が存在する。

「1人の人間がマシンガンを使って、一定の時間に16人のライフルを持った人間を標的にすることが出来ると仮定する。戦場で1000人の歩兵に匹敵するには、何人のマシンガンで武装した人間が必要になるか。それは4分の1の250人になる。」

分かりづらいが、ライフルの16倍の武器効率を持つ250人は、その4倍にあたる1000人と同じ戦闘力になるということであり、これは第二法則を説明している。

第一法則(武器効率×兵士数)ではどのような計算式になるか?

16×250 = 4,000(マシンガン)
1×1000 = 1,000(ライフル)

これでは均衡しない。

第二法則(武器効率×兵士数の二乗)ではどうか?

16×250×250 = 1,000,000(マシンガン)
1×1000×1000 = 1,000,000(ライフル)

第二法則であれば、論文通りに「ライフルの16倍効率を有するマシンガン 250人と、ライフル 1000人」が、均衡する。

なお、マシンガンがライフルの16倍の効率を有するという仮定は、以下の文章により推察される。

「(集中の法則が成立しない第一法則では)1人のマシンガン操縦者の力が、16人のライフルマンの力に等しくなる。」

これらのことから「29 違った効果を持つ武器の使用例」が、第二法則について語ったものであるが理解いただけたかと思う。


さらに続けて、ランチェスターは書いている。

「その戦争(ボア一戦争)では個人的狙い撃ちの発砲や狙撃ということがその日の命令であった。一方、その地形や環境が兵員の集中を妨げる時や、射程距離の長い兵器が使用できる地域を捜したり、どこの集団に向けて発砲するかを捜している時は、集中の法則が成立しない。」

「集中の法則」とは第二法則のことであり、「狙い撃ち」ができない時は、第二法則が成立しないと述べている。

この文は、さらに続く。

「このような例外は、陸軍よりも海軍においては殆ど起こらない。船は、常に砲兵隊員が相手の船全体を1個の標的として狙い撃ちする。」

ここまで書けば、「狙い撃ち」が第二法則の成立条件であり、第一法則ではないことが明白であろう。

そもそも、第二法則の武器「飛び道具」であるからこその「狙い撃ち」である。

第一法則の武器である「剣や斧」をふるう時は「狙い撃ちせよ」とは言わない。剣や斧は「撃つ」武器ではないからである。

 

一点集中は、第一法則か、第二法則か?

田岡先生は「一点集中は、第一法則」と言われたが、
一倉先生は「一点集中は、第二法則」と言われた。

織田信長による桶狭間の戦いは「飛び道具を使わない」第一法則の元で戦い、弱者が勝利した事例である。

このように単に「勝つ」という観点で述べれば、第一法則でも第二法則でも勝つことはできる。しかし、「効果的に勝つ」という観点になると、まるで異なる結果となる。

ランチェスター論文「20 古代と現代の交戦状況の対比と防衛方法」では、以下のように述べられている。

「(古代の戦い、第一法則では)1000人と1000人の兵士が出会えば、単一の決戦において1000人の青軍が1000人の赤軍に対抗するのか、全ての青軍が500の赤軍に集中して全滅させ、そのあとで残り半分に勢力を向けるかどうかというのは、余り大した違いはない。」

次に「21 近代の条件に対する研究」では、次のように述べられている。

「それでは近代戦(※第二法則)の状況を取りあげてみよう。・・・戦う兵士の数は前と同じで、1000対1000であるが、一方が1000を500と500の二つに分けて戦ったとする。結果的に一定時間ごとに倒される兵士の数は、双方の数の比の2乗に正比例する。 ・・・1000の強さを持つ青軍が500の強さを持つ赤軍に遭遇するのを表わしており、赤軍の存在は青軍がわずか134人を失うことによって相手を全滅させることができる。そして次に赤軍の残り500に対して青軍の866人が戦えるために、安易で決定的な勝利をおさめることが分かる。」

ランチェスター論文全般に言えることだが「分かりづらい」。良く読まないとわからない。だからこそ、1つ1つの精査が必要になる。

さて、上記をわかりやすく表現すると以下のようになる。

・青軍1000人と、赤軍1000人が戦う。
・まず青軍は、赤軍の半数に該当する500人に「集中」し、第一回目の攻撃を加える。
・次に青軍は、赤軍の残数に該当する500人に「集中」し、第二回目の攻撃を加える。
・武器効率は同一と仮定し、兵士数だけ計算式とする。

まず、第一法則(武器効率×兵士数)に従い、双方の「残存数」を計算すると次のようになる。

「第一回目の戦い」

「青軍」1000
「赤軍」 500
「結果」1000 - 500 = 500(青軍の残存数は500、赤軍の残存数は0)

「第二回目の戦い」

「青軍」500
「赤軍」500
「結果」500 - 500 = 0(青軍の残存数は0、赤軍の残存数は0)


次に、第二法則(武器効率×兵士数の二乗)に従い、双方の「残存数」を計算すると次のようになる。

「第一回目の戦い」

「青軍」1000の二乗 = 1,000,000
「赤軍」 500の二乗 = 250,000

1,000,000 - 250,000 = 750,000
√750,000 = 866(青軍の残存数は866、赤軍の残存数は0)

「第二回目の戦い」

「青軍」866の二乗 = 749,956
「赤軍」500の二乗 = 250,000

749,956 - 250,000 = 499,956
√499,956 = 707(青軍の残存数は707、赤軍の残存数は0)

この違いを理解していただけただろうか。

第二法則を「集中の法則」と呼ぶのは、これゆえである。

同じ「一点集中」ならば、第二法則を選択したほうが、明確に効果が高い。

「一点集中」は、「第二法則的な戦い方」をしてこそ、高い効果を発揮するのである。

 

「弱者の一点集中」を検証する

前述では、ランチェスター論文そのままに、1000人の青軍が、同じく1000人の赤軍を半数にわけて攻撃する事例を示した。

この事例の青軍は赤軍に対し、弱者でも強者でもない。

このため、明白な弱者が「一点集中」で戦うことを念頭に、「織田信長による桶狭間の戦いに近い形」の例にて、これを検証したい。

前提条件は以下の通りとする。

・青軍100人と、赤軍1000人が戦う。
・青軍は、赤軍の大将が存在する「桶狭間」に、全勢力の100人を集中する。
・赤軍の1000人は広く分散しているため、「桶狭間」における守備隊は50人である。
・大将が討ち取られた場合、残存人数に関わらず「負け」となる。
・武器効率は同一と仮定し、兵士数だけの計算式とする。

全体の数で1/10しかいない弱者の青軍だが、「桶狭間」という局地の一点においては、赤軍の人数を上回る。

従って、全地域では「弱者」であっても、「桶狭間」という一点においては「強者」の立場で戦える。

まず、剣を武器とし第一法則(武器効率×兵士数)で戦えば、どうなるか。

「青軍」100
「赤軍」 50
「結果」100 - 50 = 50(青軍の残存数は50、赤軍の残存数は0)

次に、武器を違えて「飛び道具」にし、第二法則(武器効率×兵士数の二乗)で戦えば、どうなるか。

「青軍」100の二乗 = 10,000
「赤軍」 50の二乗 = 2,500

10,000 - 2,500 = 7,500
√7,500 = 87(青軍の残存数は87、赤軍の残存数は0)

第一法則でも、第二法則でも「大将を倒して勝つ」ことに変わりがない。

しかし、「自軍の残存数を減らさない」という観点において、第二法則は、第一法則に勝る「効果的な戦い」ができる。

従って、「弱者が一点集中」する場合でも、「第二法則的な戦い」をしたほうが効果的であるという結論になる。

 

ビジネスにおける「第二法則的な戦い方」とは何か

極めて単純に言えば、『狙い撃ち』することである。

ビジネスには、剣もなければ銃もない。「飛び道具はこれ」と明確に言える定義は存在しない。

あえて言えば、インターネットは「飛び道具」に該当するかもしれない。しかし、「インターネット以前は第二法則的な競争がなかったのか」という質問に、イエスと答えることはできない。

むしろ、ビジネスにおける市場競争は、すべて第二法則下にあると考慮したほうが正しい認識のように思う。

いずれにしても明白な「第二法則的な戦い方」は、『狙い撃ち』することである。

ビジネスにおける狙い撃ちとは、簡単に言えば「市場の絞込み」である。

自社の規模に合わせた市場に絞込むことで、「一点集中し、狙い撃ち」する。

これが、ビジネスにおける「第二法則的な戦い方」となる。

 

第一法則は局地戦で、第二法則は広域戦か?

田岡先生は「第一法則は局地戦だが、第二法則は広域戦」と言われたが、
一倉先生は「第一法則・第二法則共に、局地戦」と言われた。

田岡先生は「ランチェスター営業危機管理戦略」208ページで、以下のように解説している。

「第一法則に支配される戦いを、敵の兵力が視界に入り、その数が数えられるような小範囲の戦い、すなわち局地戦の場合」

「第二法則に支配される戦いを、敵の兵力が数えられない、視界の範囲を超えるような戦闘、すなわち広域戦の場合」

すなわち、局地戦とは「敵が視界に入る範囲」であり、対応する広域戦を「敵が視界を超える範囲」と説明している。

前述にて、第二法則を成立させるのは『狙い撃ち』であることを説明しているが、当然「視界を超える」のでは、『狙い撃ち』はできない。

『狙い撃ち』可能なのは、視界の範囲にいる敵のみである。

敵の数が多く、広範囲に広がっていた場合でも、『狙い撃ち』するのは、その中の「視界に入る」敵のみとなろう。

結果として「第二法則は広域戦」は、間違った解釈であると考えられる。

なお、一般に局地戦の定義は「限られた地域内での戦争・戦闘」である。

「視界に入る」「視界を超える」という観点ではなく、この定義に従って「限られた地域内」を局地戦、「地域の限りがない戦争・戦闘」を広域戦と呼ぶのであれば、古代の戦いであっても、近代の戦いであっても、局地戦・広域戦ともにあったであろう。

この観点から言えば、「第一法則・第二法則は、局地戦・広域戦という括りで特徴化はできない」というのが、結論となる。

 

第一法則は小さな市場、第二法則は大きな市場か?

局地戦は「小さな市場」であり、広域戦は「大きな市場」であるという解釈は、間違っていないものと思われる。

ただし、前述したように「第一法則は局地戦、第二法則は広域戦」ではない。

ゆえに、「第一法則は小さな市場、第二法則は大きな市場」という理解は間違っている。

 

第二法則の成立条件は何か?

ここで、第二法則を成立させる条件を明確化したい。

1)武器として飛び道具(火器)を使用する。
2)狙い撃ちする。

単純だが、この2つである。

第二法則とは「狙い撃ちの法則」である。「狙い撃ち」があってこそ「集中の法則」が成立する。

飛び道具を使っていながらも、狙い撃ちできない場合、第一法則と同じく(武器効率×兵士数)となるので、私はこれを「第三法則」と呼んでおり、簡単にまとめれば、以下の通りである。

第一法則 : 剣や斧を使って戦う。
第二法則 : 飛び道具を使い、狙い撃ちする。
第三法則 : 飛び道具を使うが、狙い撃ちできない。

第一法則と第三法則は「武器効率×兵士数」であり、第二法則は「武器効率×兵士数の二乗」である。

また、ランチェスター論文では、「第二法則を成立させる条件」について、以下のように補足されている。

「その地形や環境が兵員の集中を妨げる時や、射程距離の長い兵器が使用できる地域を捜したり、どこの集団に向けて発砲するかを捜している時は、集中の法則が成立しない。・・・このような例外は、陸軍よりも海軍においては殆ど起こらない。船は、常に砲兵隊員が相手の船全体を1個の標的として狙い撃ちする。・・・また飛行機について考える時、この条件は陸軍より海軍での状況とよくにていることが分かる。」

この文を整理すると、次のようになる。

地形や環境が兵員の集中を妨げることのある「陸軍」では、第二法則は成立しにくい。

・地形や環境が兵員の集中を妨げることのない「海軍や飛行機」では、第二法則は成立しやすい。

 

田岡先生は、第一法則と第二法則をどのように解説されているのか?

前述したように、著作によって微妙に異なるので、いくつかの書籍から引用したい。

「競争市場の販売予測」(1971年)

第一法則:「古来の戦争では集中効果は認められていない。昔の条件下では刀及び槍は盾で受けなければならず、武器が武器に直接応じているのである。」(p205)

第二法則:「現代の戦争の様相は、上に述べたのと異なっていて、戦闘は集団的であり、攻撃砲火は極端に破壊的であり、砲火の目標は敵方の戦闘要員に広く向けられる。」(p207)

田岡先生が、ランチェスター法則を初めて紹介した書籍。この書籍の段階では「一騎打ち」「狙い撃ち」の表現は見られない。また、第一法則の武器も「刀及び槍」であり、飛び道具でないもので表現されているため、比較的正確である。


「ランチェスター販売戦略1 販売入門」(1972年)

第一法則:「ランチェスターの第一法則というのは、俗に『一騎打ちの法則』といわれている。」(p40)「この第一法則を理解するためには、古代の戦闘というものを考えてもらったほうが分かりやすいと思う。たとえば、弓とか矢とか盾とかいった武器を使った戦いである。これは完全な『一騎打ちの法則』ということになる。つまり、一人が一人を『狙い撃ち』する戦いである。」(p41)

第二法則:「第二法則の場合はどうなるだろうか。・・・A軍もB軍も機関銃を使うと想定し、しかもその機関銃は、いっせいに確率的に敵を売っていると仮定するわけだ。」

この書籍の段階で、第一法則を「一騎打ち」「狙い撃ち」として解説されており、以降の著作においても、この間違いは続くこととなる。

以降の様々なランチェスター戦略の書籍において、第一法則が「一騎打ちの法則」と化したのは、この書籍の影響によるものでないかと考えている。

ランチェスター論文はもちろんのこと、オペレーション・リサーチの方法(1955年、日本科学技術連盟 訳)や、林周二氏の「日本企業とマーケティング」(1961年)にも、このような表現は成されていない。


「図解ランチェスター法則入門」(1977年)

第一法則:「第一法則型の戦いになるのは、地上戦闘では局地戦の場合である。それも、互いの兵力数が視界に入るほど至近距離にある接近戦の場合は、第一法則型の戦いになると考えていただければよい。第一法則型になるためのもうひとつの条件は、いま書いたように、一人が一人しか狙い撃ちできないような兵器を使用しているという前提である。」(p19)

第二法則:「一騎打ち型の局地戦や接近戦を前提とする第一法則に対し、第二法則は、広域戦的な総合戦、あるいは近代兵器(確率兵器)を使う場合の確率戦に適用される・・・機関銃のような確率兵器を使って戦えばどうなるか」(p20)

この書籍の場合、第一法則の武器に関して説明はない。しかし、ここから「局地戦、広域戦」「接近戦」などの表記が始まり、第二法則の武器を「機関銃のような確率兵器」としており、第二法則は「狙い撃ちせずとも、多数の敵を倒す確率武器」となってしまう。


「ランチェスター営業危機管理戦略」(1984年)

第一法則:「ランチェスターの第一法則は、一般に『一騎打ちの法則』といわれている。それは槍の突き合いとか、ピストルの撃ち合いといったような、一人が一人しか『狙い撃ち』できない一騎打ち型の戦いを前提として導き出された法則だからである。」(p205)

第二法則:「これに対して、機関銃のような、一人が何人もの敵を同時に殺害できるような兵器を使って戦った場合の損害量はどうなるか。それを前提として導き出された法則が、ランチェスターのもう1つの法則、すなわち第二法則なのである。」

第一法則は「一騎打ち」という概念から、ついにピストルまで第一法則になる。


「総合ランチェスター戦略」(1986年、田岡先生の死後、遺稿として出版)

第一法則:「局地戦や接近戦、あるいは三八銃のような一騎討ち型の兵器を使った戦いにおける損害量の法則」(p42)

第二法則:「敵が視界に入らない広域的な総合戦、あるいは遠隔操作できるような近代兵器を使用する確率戦における損害量の法則」(p42)

三八銃とは、一発ずつ発射する単発式のライフル銃である。複数の弾丸を連射できないことから、ピストルと同様に「一騎討ち型の兵器」であるとみなされたのであろう。

 

田岡先生における、第一法則に対する武器の変移

上記をもう少しシンプルにまとめる。

1971年:刀、槍
1972年:弓、矢、盾(一騎打ち、狙い撃ち)
1977年:一人しか狙い撃ちできないような兵器
1984年:槍、ピストル
1986年:単発のライフル銃

「第一法則は一騎打ち、狙い撃ち」という概念が、年代を経るに従い、より強くなって誤解を大きくしていることが分かる。

この誤解から第二法則の武器であるべき「飛び道具」が第一法則の武器となり、最後は「古代の戦い」に存在しないはずのピストルやライフルが武器となってしまった。

私が「第一法則は一騎打ちでない」と強く否定する理由は、ここにある。第一法則を「一騎打ち」とすれば、このような誤解が生じるのである。

「狙い撃ち」は、そもそも第二法則の成立条件であり、第一法則には何の関係もない。

 

一倉先生は、第一法則と第二法則をどのように解説されているのか?

こちらも、いくつかの書籍から引用したい。

「販売戦略・市場戦略」(1977年)

第一法則:「飛道具を持たない『一騎打』を想像していただきたい・・・一騎打戦は、人数が多いほうが勝つ。こんな簡単な理論はない。この理論の応用は『大手と喧嘩するな』『敵の強いところは攻めるな』ということである」

第二法則:「飛道具による戦いといえよう。今、性能の同じ鉄砲をもち・・・集中効果の法則というのは、両軍の総兵力の事ではなくて、あくまで「局地戦」の法則である」

第一法則は飛道具でなく、第二法則は飛道具と説明しており、これは正しい。

ただし、第一法則を「一騎打戦」と呼ぶのは、田岡先生と同じ間違いである。また、第二法則を局地戦と表現されている。

また、第二法則は「狙い撃ち」が必要であることは、明記されていない。


「市場戦略・市場戦争」(1985年)

第一法則:「刀、槍を使った戦い、空中戦などである・・・一騎打ちの戦いをしたとしよう・・・ランチェスターの法則の制約条件であるところの「局地戦」に限定している」

第二法則:「飛び道具を使った戦いである。局地戦の法則であるから、ミサイル戦には適用されない・・・北ベトナム軍のゲリラ戦法である・・・その地点では、集中効果を発揮して米軍より強かった」

「刀、槍を使った戦い」は飛び道具でないため、正しい。しかし、「空中戦」はランチェスター論文から見れば、第二法則に該当する。

第二法則は「飛び道具」であることを明記し、また、ゲリラ戦に関しても、第二法則であることを明記している。

 

「両軍の武器効率は同一である」という一倉先生の間違い

一倉先生は「ランチェスター法則の非現実的な前提条件は、両軍の武器効率は同一である」(市場戦略・市場戦争)と書かれているが、これは明らかな間違いである。

ランチェスター論文では、確かに武器効率を同一とみなして理論展開している部分があるが、武器効率が異なる場合に関しても、明記している。

ランチェスター論文の「29 違った効果を持つ武器の使用例」に、

「1人の人間がマシンガンを使って、一定の時間に16人のライフルを持った人間を標的にすることが出来ると仮定する。」

という文があり、これはライフルとマシンガンという「異なる武器効率」の事例である。

 

ランチェスター法則の「範囲外」を戦略にする

ランチェスター法則とは、第一にしても第二にしても、結局「強いものが勝つ」という法則である。

第一法則を使ったから弱者が勝てるわけでもなく、第二法則を使ったから強者が負けるわけでもない。(いずれも「確率」の問題であるので、僅差の場合は逆転もあり得る)

しかし、「人数が少ない弱者」も勝つことはできる。

第一に、最も基本的な勝ち方は、ビジネスにおいては「小さな市場に絞る」ことであると説明した。

第二に「武器効率を変える」ことである。素手の10人を敵に回しても、マシンガンを持つ1人は勝つことはできるだろう。

同じ理屈で言えば、商品・サービスが「10倍以上」優れていれば、セールスマン10人を1人が上回ることは可能だ。

この2つは、「ランチェスター法則を利用」した弱者の戦略である。


これに対し、田岡先生は、もう1つの別な方法を提示されている。

「そこで、ランチェスター法則に乗らないように戦略をとってゆく」(図解ランチェスター法則入門)。

ランチェスター法則を利用した戦略でなく、「ランチェスター法則の範囲外を戦略にする」ということである。

一倉先生は、次の文面もこの考え方に近い。

「量的条件に関しては、ランチェスター理論にまかせ、ひたすら質的条件を考えればよい」(市場戦略・市場戦争)

ここにも、ヒントがある。

よく「質=武器効率」と言われる。確かに武器効率も質と言えなくはないが、これは「物理的な質」であって、あくまで法則の「範囲内」である。

では、ランチェスター論文が明白に範囲外としたものは何か?

第一に「19 集中の原則」には、次のように書かれている。

「集中の原則は、それ自体が戦略原則、というわけではない。つまり、それは純粋に戦術的作戦に対して効果的に影響を及ぼすものであり、その『物質的な面』においては純粋に科学的特質に基づくものである。問題の二つ目は『精神的集中力』と『物理的集中力』の両方を混同して一つの言葉として使われていることだ。・・・『物質面』における集中の重要性は、攻撃と防御の方法に関連した、ある基礎的な規則に基づいているのである。」

書き方は曖昧だが、ランチェスター法則として取り上げているものは、あくまで『物理的集中力』であり、『精神的集中力』は範囲外であることを示している。

第二に「25 同等の力のない戦闘部隊」には、次のように書かれている。

「これが意味するのは個人の戦闘力は同等と仮定されているのである。この計算は、『戦闘員の技能』があまりにも違っていたり、『異なった士気』を持ち合わせている場合には、必ずしも成立するとは限らない」

『戦闘員の技能』や『異なった士気』もまた、ランチェスター法則の範囲外である。

まず、「精神、士気を高め、個々の技能を磨く」。これは極めて常識的な、当たり前の事に過ぎないかもしれない。

次に、「敵の隙をつく」。敵の関心の薄い市場に狙いを定め、ここに一点集中する。

これらは、ランチェスター法則の「範囲外の戦略」といえよう。

 

「弱者は第一法則」という固定概念からの脱却

私は「弱者は第一法則、強者は第二法則」という固定概念からも、脱却すべきだと考えている。

私自身が長年にわたり、この固定概念に縛り付けられてきた。

この概念は、「図解ランチェスター法則入門」(1977年)を発端としている。「ランチェスター販売戦略1 販売入門」(1972年)では、存在しない概念である。

これは、田岡先生が「ランチェスター法則」のビジネス応用に苦慮し、「わかりやすく伝えるため」にこのようになったのであろうと想像している。

結果「わかりやすく」なったかもしれないが、本来のランチェスター論文とは異なるものとなってしまった。

「弱者は第一法則、強者は第二法則」という概念からは、「弱者は第一法則を使うことで、負けにくくなる」という消極的な答えしか出てこない。

例えば、田岡先生の「統合ランチェスター戦略」には、以下のように書かれている。

「弱者の戦略とは、武器効率で戦うにしろ、兵力数で勝負するにしろ、弱者はかならず第一法則型(一騎討ち型)の場面、状況を設定せよということを基本原理とするものだが、理由は、味方の受ける損害がそれだけ少ないからということにほかならない。」(p47)

「第一法則で、味方の受ける損害が少ない」のは、弱者の兵士数が少ないために「負ける」ときであり、如何にしたら「負けにくくなる」のかという理論展開である。

「弱者の一点集中を検証する」で述べたように、集中した一点において兵士数が上回るのであれば、むしろ第二法則のほうが、損害が少ないのである。

「弱者は第一法則、強者は第二法則」という固定概念から解放されることで、「柔軟で現実的な弱者の戦略」にたどり着くことができる。

弱者は「敵に勝る戦力を一点に集中し、狙い撃ち」することで、「第二法則を利用して、圧倒的に勝つ」ことができる。

「負けにくくなる」ための第一法則よりも、遥かに効果は高く、力強い概念になる。

 

固定概念から脱却した立場で確認する

ここで、「弱者は第一法則、強者は第二法則」という固定概念から脱却した立場で、田岡先生の語る「弱者の戦略、強者の戦略」を確認してみる。

「図解ランチェスター法則入門」を要約すれば、次のようになる。

弱者の戦略 : 局地戦、接近戦、一騎打ち戦、一点集中、陽動作戦

強者の戦略 : 確率戦、総合戦、遠隔戦、短期決戦、誘導作戦

いずれも「弱者の戦略、強者の戦略」という観点からは間違っていないのであろう。

ただし、「ここで説明されている弱者の戦略は第一法則とは言えないし、強者の戦略は第二法則とは言えない」だけである。

 

ランチェスター法則のみが、弱者の戦略ではない

「弱者は第一法則」という概念から脱却すべき理由は、もう1つある。

それは「ランチェスター法則のみが、弱者の戦略ではない」ということである。

ランチェスター法則の研究から、「弱者の戦略」という概念が生み出されたことは偉大な発明であると考えている。

「日本でのランチェスター法則の歴史」(https://www.lanchest.com/part101.html)によれば、この概念は「オペレーションズ・リサーチの方法」の翻訳に関わった「中原勲平」氏が生み出したとのことである。

林周二先生は、1961年「日本企業とマーケティング」「弱いものの戦略」にて、次のように述べられている。

「ランチェスター法則は、力の弱小な者が、力の強大なものと、まともに戦ったら、ぜったいにかなわないものであることを理論的に示している。・・・筆者が『力』に対抗するには『智慧』をもってすべきことを説いたのも、この点に関する。弱者は戦略的に生きねばならぬ。」

この書籍に「強者の戦略」に関する記述はない。

ただ、弱者の戦略のみ存在し、その理由に対して、ランチェスター法則をベースに解説されている。

強者にとってみれば、戦略は必ずしも必要なものではないからだ。

健康な大人が、5歳の子供と相撲を取るとき、戦略などなくても勝てるだろう。

自分が弱者の立場になる場合、自分よりも強そうな人間を相手にしたとき、はじめて「どうしたら勝てるだろうか?」と考慮する。

この考慮こそ、戦略の起点である。強者に戦略は必要でないが「弱者が勝つには戦略が必要」である。

(日本に対峙する第二次世界大戦当時のアメリカは、強者であったが「被害を最小限にして勝つ」ために、戦略を練った。単に勝てばいいと思っていなかったのである。)

ランチェスター法則が世に発明される遥か以前から、「戦略」は存在する。

そうであるのならば、ランチェスター法則だけに執着するのも、正しいことではない。

稲垣栄洋氏は「弱者の戦略」(2014年)にて、生態学者の立場から様々な「弱い生物」の生存戦略を紹介しており、これらもビジネスに活かすことができるであろう。

もっとも、生態学という学問の領域でなくとも、日常にある自然界で当たり前のようになされていることからも、大いに学ぶことはできる。

「小さな穴に入り込んだネズミに、ネコは勝てない」。これもまた、弱者の戦略である。

 

自然界から、強者の弱点を知る

自然界においては大抵が「身体が大きい」ことが強者の条件となろう。格闘技でも、身体が大きいほうが圧倒的に有利になる。

ところが「大きい」こと自体が、強者の弱点でもある。

大きいゆえに、大抵は多くのエネルギーを消費してしまう。大きな動物は、多くの食物がなければ生きてゆくことができない。

小さな動物は少量の食物でも生きてゆくことができるが、大きな動物は大量の食糧を必要とするのである。

これは、ビジネスにおいても、まったく同じである。

小企業は、小さな市場から少量の収益を得れば、生存できる存在である。

これに対して、大企業は、大きな市場から大量の収益を得なければ、生存することができない。

大企業が小さな市場に手を出すことはできないのは、ここに理由がある。

この論理の理解がなければ、「小さな市場に絞り込む」意味は、気薄となってしまうだろう。

 

自社に最適な市場を決める

「大きい、小さい」は、すべて相対的な基準に過ぎない。

同じく「強者、弱者」も、自らが敵と定めた企業と比較して相対的なものである。

ランチェスター戦略では、「ナンバーワンのみが強者」というが、そのナンバーワンを決める「市場」そのものが、絶対的なものではない。「市場の決め方」で、順位はあっさり変わってしまう。

さらに言えば「自社がナンバーワンになれる」市場だけでは意味がない。その市場から「生存できる収益」を得ることができなければ、生き残ることができない。

生存できる収益があり、かつナンバーワンになれる市場。これが「自社に最適な市場」である。

大抵の場合、企業は成長する。成長するにしたがって、必要な収益は拡大する。

成長し大きくなることは、1つの成功に違いないのだろうが、同時に「生存するための収益」も増える事になる。これは「弱点の拡大」ともいえる。

成長は生存を脅かす弱点を拡大する」のである。この考慮もないまま、ひたすら成長だけを志向するのは、危険なことになる。

成長を望むのであれば、「中小企業と屏風は、広げすぎると倒れる」ということを十分に配慮しながら、戦略的に多品種化、多角化すべきである。

 

おわりに

本文のタイトルはシンプルに「ランチェスター論文の探究」とさせていただいたが、実際には「ランチェスター論文のビジネス応用に関する探究」であり、「弱者の戦略に関する探究」でもある。

私自身、長年「弱者は第一法則」という固定概念の基に、ランチェスター戦略を研究し、実戦に応用してきた。

「弱者は第一法則的に戦え。そうすれば強者に負けにくくなる」と説明されるたびに、違和感を感じてきた。

簡単に負けるよりはいいかもしれないが、結局「負ける」のであれば、そこに価値を見出すことはできない。

「負けにくくなる」ための戦略ではなく、「勝つ」ための戦略であるべきだ。

私は「第三法則」研究においても、弱者の第二法則の応用として「ゲリラ戦」を掲げてはいた。しかし、一倉先生の「一点集中は、第二法則」との言葉に触れて、大きく思考が転換した。

本文は「一点集中は、第二法則」という一倉先生の説明を補足したうえで、さらに「狙い撃ち」を加え、「弱者は第二法則を応用し、一点集中して狙い撃ちすべきだ」という強固な結論に至った。

さらに「範囲外の戦略」と「自然に学ぶ戦略」も加えた。

これらに関しては、今後も考慮し現実に学びながら、探求してゆく所存である。